賢治の本

 我が家にずっと前から、宮澤賢治集という古びた一冊の本がありました。夫が、大学を卒業して地方の農業高校に勤めることが決まり、東京を離れるとき、神田の古本屋で求めたものだと聞いていました。
 それが、まさか何十年後かに、私が生き詰まってどうにもならなくなったとき、その本が生きなおす力を与えてくれようとは夢にも思いませんでした。
 「生きていても死んでる人もいれば、死んでも生きてる人がいる」と誰かが言いましたが、賢治はまさに後者の最たる人だと、私は思います。

 賢治には、生きていく指標となるような言葉が沢山あります。その一つが「世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない」です。私は、この言葉をこのように解釈しています。私たちの会は皆で協力し合って、ピース・エコ・ショップをやっていますが、その遠大な目標は世界平和であり、生きている間には絶対にかなわないとわかっています。でもそれに関わらせてもらっている間は、個人的に元気をもらえ、幸せな気持ちを味わわせてもらっています。みんなが、全体の幸福に向かって、関わり合い、つながりあえれば、その結果ではなくて、過程が幸せなのだと、賢治が示唆しているように思います。

 私が、賢治によって救われたのは、彼による人間定義でした。本当に納得して、本当に息を吹き返しました。彼が偉大であるのは、どんな時代、どんな社会にも通用するその普遍性でしょうか。