ものは考え様

 昔からある日本語は、時代の中を潜り抜けて生き残っただけあって、含蓄があります。
 今回の「いばらき未来基金」の申請に受からなかったお蔭で、思いがけない発想が湧き、お金が単なるお金としてではなく、意味をもった形で残るという所に落着したことがうれしい収穫でした。
 その上、遠隔に住む会員さんたちにはがきで、近くの会員さんには手渡しで、会の節目である現況を知ってほしいと、申請書の内容をこのブログに載せて見てもらえるように活用できたので、申請書に費やした時間も全然無駄にはなりませんでした。
 
 今日も、一日一生と思い、やることを組み立てながらやっていて、それでも老化現象でその組み立てから一つ外れてしまって、又相当の距離を歩かざるを得なくなってしまいました。そういう時いつもがっかりするのですが、今日はちがいました。歩くことは、体にいいのだから楽しく歩こうと。こうすると全ての時間が無駄ではなくなるのに気がつきました。